コラム

武漢市で発生した新型肺炎の原因コロナウイルス(2019-nCoV

                             大阪大学名誉教授 生田和良

新興感染症の発生は、突然この地球上に生まれた印象を持つが、実は、ほとんどの新興感染症は、野生動物の持っていた微生物に由来している。野生の動物にひっそりと取りついて、生き延びている微生物がたくさん存在しており、このような微生物は、共存下にある宿主動物にはほとんど症状を示さない。

長い間、基本的には、ヒトは野生の動物とはバリアを形成して暮らしてきているが、自然の変化やヒトの手で、このバリアを壊し、ヒトとの接点を作ってしまう時がある。野生動物に取りついている微生物が、ヒトにも感染性を示し、時にきわめて高い病原性を示す病原体であったりする場合がある。その際、自然宿主から別の動物に移った時にも、思いがけなく大量のウイルスを産生する動物(中間宿主)である場合には、この動物がヒトへの伝播を仲介する。今回の、中国湖北省・武漢市で発生した新型コロナウイルス(2019-nCoV;WHO

により「COVID-19」と命名)も、おそらくそのような経緯でヒトに感染し、ヒトに重症の肺炎を引き起こす病原体であるだろうと考えられている。

ヒトに感染性を示すコロナウイルス(CoV)として、これまでに4種類の、いわゆる風邪の原因ウイルス(風邪の10~15%;流行期には35%にも及ぶ)が確認されている:1960年代に発見されたHCoV-229EとHCoV-OC43; 2000年代に発見されたHCoV-NL43とHCoV-HKU1。風邪の原因ウイルスのひとつという認識で、基礎研究もあまり進んでいなかった。ただ、エンベロープが異常に発達している特徴から、コロナという名前が付けられた。

ヒトに感染し、きわめて重篤な感染症を引き起こすCoVとして、これまでに2例が知られていた:2002年に中国広東省・広州市で発生したSARS(重症急性呼吸器症候群)の原因CoV、そして2012年に中東地域を中心に発生したMERS(中東呼吸器症候群)の原因CoVである。SARS-CoVの自然宿主はコウモリであると考えられている。おそらく、中間宿主としてハクビシンが想定されている。また、MERS-CoVの自然宿主も、同じくコウモリではないかといわれている。中間宿主は、ヒトコブラクダではないかと考えられている。2019年末に再び、動物由来の新しいCoVが、武漢市から発生した。日本では2020年の新年が明けた頃から報道が始まり、その後の報道ぶりが凄まじく、日本人のほぼ全員がこのウイルスに関する評論家になれるほどの情報である。

今回の武漢市で発生した、新型肺炎患者の原因となっている新型ウイルス(2019-nCoV)は、武漢市にある海鮮市場(名前が紛らわしいが、魚だけではなく、家畜や野生動物も扱っている)と接点のある人たちに感染者が多い。特に、高齢者や、心臓病や糖尿病、高血圧などの基礎疾患を前もって患っている人に、高い致死率(武漢市では4.1%、ただ湖北省を除く中国では0.17%と、インフルエンザの0.1%の2倍弱と報道;SARSでは9.6%、MERSでは35%)が認められている。ただ、その後に、軽症者や不顕性感染者が多いことが観察されている。国内で診療にあたった医師や専門家の印象は、「軽い風邪のような症状が1週間ぐらい続き、その後は良くなるか、肺炎になっても回復するケースが目立つ」と述べている。特徴のひとつは、SARS、MERSとも共通するが、子どもにはほとんど感染せず、感染しても軽症の呼吸器症状を示すのみである。

CoVは、野生動物や家畜に広く蔓延しており、下痢症などの原因となっている。ウシのCoVに関しては、すでにワクチンが実用化している。ヒトのCoVのモデルとして、最も基礎的な情報の蓄積があるのはマウス肝炎ウイルス(MHV)と考えられる。

SARS-CoVについては、ヒト患者に由来するウイルスと野生動物由来ウイルスを比べると多少の違いがあり、ヒトに由来するウイルス株にはN遺伝子の上流に29塩基の欠損が存在する。これは、ヒトに移る際に起こった可能性がある。この欠損を起こさせることによりヒトへの感染性を獲得した可能性が考えられる。

MHVを用いた詳細な解析から、ウイルス侵入機構が明らかにされている。SARS-CoVとMHV遺伝子構造は多くの共通点があることが報告されている(4.コロナウイルスの細胞侵入機構.特集1 ウイルス侵入と受容体、田口と松山、ウイルス 第59巻、00.215-222、2009)。両ウイルスともに、S蛋白質が3分子集まり、クラスIの膜貫通蛋白質構造を採る。これは、HIVの糖蛋白質であるgp120とgp41の採る構造に類似しており、感受性細胞へのウイルス吸着から、細胞内へ侵入し、ゲノムを細胞内に押し込む、必須の機序となる。また、ウイルスゲノム構造についても類似しており、したがって発現するウイルス蛋白質も同様である。

 

武漢市で発生した新型CoVに対するクリアランス試験を計画するとしたらモデルウイルスとして何を選んだら良いだろうか?

 

ウイルスクリアランスのモデルウイルスでエンベロープのあるRNAウイルスにはマウス白血病ウイルス(MuLV)があるが、それとはかなり異なると考えられる。まず、エンベロープが発達していて分厚いため、フィルター透過性などは明らかに異なってくる可能性が考えられる。また、熱に対する抵抗性や遠心機での沈降性なども違ってくるのではないだろうか。粒子形態や粒子のサイズ(直径100 nm前後の多形性で、S蛋白質が形成する突起は10-20 nmにも及ぶ;図1)、遺伝子構造(図2)などを考慮すると、MHVが最も適していると考えられる。

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