新型コロナウイルスワクチンの進捗状況

 

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)ワクチンの進捗状況

 大阪大学名誉教授 生田和良

2019年12月末に中国・武漢から公表され、瞬く間に世界中に広がった新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、まもなく発生報告から1年を迎えようとしている。中国では、感染者からの検体を用いて病原体ウイルスが分離され、中国や欧米の構造生物学者が一斉にワクチンデザインに着手した。

これまでヒトに投与する感染症ワクチンとして開発されてきたもののほとんどは、弱毒生ウイルスワクチンと不活化ワクチン(ウイルス粒子を薬品により死滅させたもの)である。また、ウイルスを構成するタンパク質の一部を組み換え技術で製造したもの、遺伝子操作で作製したウイルス様粒子(空粒子とも呼ばれる)なども実用化されている。これらのワクチン開発は計画通りスムーズに進められたとしても、ほぼ例外なく10年程度の時間を要したものである。

今回の新型コロナウイルスのワクチンを構成する成分の主流は、ウイルス粒子表面上で突起状構造を形成し宿主細胞のレセプター(受容体)と結合する役割を担うスパイク(S)タンパク質を発現できる核酸である。すなわち、ワクチンとして投与され、Sタンパク質が発現されると、このタンパク質に対して特異的な免疫応答が誘導され、ウイルスの感染や増殖を抑制する効果が期待できる。また、ウイルスに感染した細胞を破壊する役割を担う細胞性免疫(キラーT細胞)の誘導も期待できる。

このような核酸ワクチンは、① LNP-mRNA:脂質ナノ粒子(LNP: lipid nanoparticle)をキャリアに用いたmRNA、② DNA:環状プラスミドDNA、③ ウイルスベクター:組換えウイルス、の3つである。①はヒトの細胞内に入ると翻訳のステップに進むので発現効率は良いが、RNAなので壊れやすいという欠点があり、移送や保管が大きな課題となる。②のDNAワクチンは安定であるが、細胞内に入ったDNAからmRNAに転写、その後に翻訳という過程に進むので、発現効率が課題と言われている。③のウイルスベクターワクチンは、発現効率は良いが、発熱などの副反応が強く現れることが知られており、またすでに多くの人がアデノウイルスの感染を受けて抗体を保有していることから、免疫応答が期待できるポピュレーションは少ないと考えられる。このようなウイルス核酸に着目したワクチンが先行しているのは、基礎研究段階を圧倒的なスピードで進められるからである。

一方、昔ながらのワクチン開発戦略ももちろん採用されている。インフルエンザ、ポリオや日本脳炎などのワクチン開発で試行錯誤を重ねてきた経験から、その技術を活かした不活化ワクチンは、核酸ワクチンの開発に比べると時間はかかるが、古典的なワクチンなので安心感がある。また、B型肝炎ワクチンのように組換え型タンパク質として発現する、サブユニットワクチンも進められている。ワクチンの開発のロードマップは世界共通で、以下の流れから構成される:

  1.  基礎研究(ワクチン製剤構築と生産効率等の検討など)
  2.  非臨床試験(サルなどのモデル動物への投与による安全性と免疫系刺激に関する有効性の検討、反復投与毒性や生殖発生毒性の評価、さらに免疫賦活剤として用いるアジュバントの影響についての評価)
  3. 第1相臨床試験(少数の健康な成人ボランティアへの投与により、異なる投与量における安全性と免疫系への効果を確認)
  4.  第2相臨床試験(数百名のボランティアへの投与により、引き続き安全性と有効性を確認)
  5.  第3相臨床試験(数千人規模のボランティアへの候補ワクチン投与群とプラセボ(偽ワクチン)投与群との比較により、安全性と有効性を確認)

以上それぞれの臨床試験を実施し、安全で、期待する有効性の結果が得られなければ、当局からの承認が得られない仕組みになっている。2020年11月12日時点で、ワクチン開発候補は200種類以上にも及び、そのうち臨床試験にまで進めているものは48種類、そして164種類が非臨床試験段階にある。現在臨床試験にまで進めている代表的な候補について、図1にまとめた。多くのワクチン候補の進捗状況が次々と報告されている。凄まじい勢いで開発が進められているものばかりで、素晴らしい治験成績が得られている候補が多い。ただ、副反応発生で中断する候補も幾つか現れている。

まず、LMP-mRNAワクチンのファイザー社(米)/ビオンテック(独)とモデルナ社(米)/米国立アレルギー感染症研究所の2候補は共に、第3相臨床試験(ファイザー社ワクチンには44,000人、モデルナ社ワクチンには3万人以上が参加)の中間報告として報告された有効性評価はそれぞれ95%程度、94.5%程度と、これまでのワクチンでは考えられないほどの有効性が公表されている。ただ、有効性評価の表現は、「a high rate of protection against COVID-19」となっており、SARS-CoV-2の感染防御に関する有効性ではない(COVID-19; 病名としての新型コロナになっているので、臨床症状を抑える効果で判断したと考えられる。多くの人が期待していた新型コロナウイルスの感染を防御する効果で判断したのであれば、ここがSARS-CoV-2になっているはずである)。移送時の課題となる保管に必要な温度に関して、少なくとも4℃では、モデルナ社は1ヶ月の保管が可能としているのに対し、ファイザー社では5日程度と、大きな違いが出ている。

次に、ウイルスベクター(チンパンジーのアデノウイルス)ワクチンがアストラゼネカ/オックスフォード大(英)により進められている。第2相臨床試験に参加していたボランティア1名に副反応が発生し一時中断されていたが、その後再開され、第2相/第3相臨床試験(2.3万人の参加者)の有効性評価結果が公表された。投与する用量の異なる2群構成で進められ、全量を2回投与した場合と、最初に半量を投与しその後に全量投与した場合で有効性に違いが認められ、それぞれ62%と90%であり、平均70%と報告された。

ただ、今回のような、用いるワクチン接種用量の違いで現れた有効性の大きな差は、今後この容量検討のため、新たな第3相臨床試験を行う必要があると述べている。これまでの治験デザインには誤りや一連の不規則性が見られることが最近明らかにされ、その信頼性が大きく損なわれたとのコメントも出されており、承認は予定より大幅に遅れる可能性が高くなった。

以上、これら3候補の有効性は極めて高い結果であったが、LMP-mRNAの2候補は中和抗体の応答は良いが、細胞性免疫(キラーT細胞)の応答において、特に70歳以上の高齢者で弱い傾向が認められた。一方、ウイルスベクターワクチンでは高齢者にも、若者と同程度の免疫応答(中和抗体とキラーT細胞の存在)が誘導された。以上の3候補はともに、安全性に問題となるような重要な有害事象は認められなかった。ただし、ワクチンの薬価においては大きく異なっており、ファイザー社製が約15ポンド、モデルナ社製が約25ポンドに対し、アストラゼネカ社製はわずか3ポンドであり、世界展開するのに有利と言える。

他方、欧米のワクチン開発の進捗状況ほどの情報がないが、中国やロシアでもワクチン開発が進められている。カンシノ・バイオロジクス(中国;ヒト型アデノウイルス、Ad5)、国立ガマレヤ疫学・微生物学研究所(ロシア;ヒト型アデノウイルス, 1回目にAd5と2回目にAd26:Ad5に比べ稀なウイルスなので免疫を持った人が少ない)ではウイルスベクターワクチンが、また中国医学科学院医学生物学研究所(中国)、シノファーマ/武漢生物製剤研究所(中国)、シノファーマ/北京生物製品研究所(中国)、シノバック・バイオテック(中国)などでは不活化ワクチンが、最終段階の臨床試験を実施中である。これらにおいても、安全性と有効性に関して、概ね良好な成果が次々と報道されている。両国では、第3相臨床試験が進行中であるにも関わらず、緊急使用を認可し、すでに一般人にも広げる勢いであり、安全性の点で世界の国々から憂慮される流れになっている。

一方の欧米の製薬会社9社は、9月8日に異例の公開書簡「ワクチン候補の承認もしくは緊急使用許可を申請するのは大規模な臨床試験で安全性と有効性が示された場合に限る」と発表した。中国側では、習近平総書記が「コロナワクチンは世界の公共財」として、ワクチン外交を最重要視している。また、世界で最初にワクチンを承認したロシアも、安さ(10ドル未満)をアピールして海外へ売り込み攻勢を始めている。

以上、多くの臨床試験は健康な成人ボランティアを対象として実施されているが、前述の通り、モデルナ社のワクチンは高齢者においては細胞性免疫(キラーT細胞)の免疫応答が良好とは言えず、今後、高齢者や小児における有効性評価を行うことが重要としている。実際、SARS-CoV-2の感染を防御しているのかを問う、もしくは感染後の重症化を抑制しているのか(特に、高齢者や基礎疾患患者において)を問う臨床試験を実施し、これらの点の評価が明らかになったワクチンの接種を望む人は多いと思う。

日本においても、mRNAワクチンを第一三共・東大医科研、DNAワクチンをアンジェス・阪大/タカラバイオ、ウイルスベクターワクチンがIDファーマ(センダイウイルスベクター使用)/国立感染研、そして不活化ワクチンがKMバイオロジクス/東大医科研/国立感染研/基盤研、そのほかに組換えタンパク質ワクチンがシオノギ/国立感染研/UMNファーマなど、多様なワクチン開発が進められている。その中で第1/2相臨床試験中まで進められているものはアンジェスワクチンのみであり、日本のワクチン開発はかなりの遅れをとっているというのが現状である。国際的に求められている第3相臨床試験が完了する前に既に、中国では軍人や公務員などにも投与しており、ロシアでもプーチン大統領娘はじめ多くの軍人への投与を終えており、年内にも対象を一般国民に拡大してワクチン接種が始められようとしている。実際、米国のFDAからも安全性と有効性が認められた場合には第3相臨床試験が完了するまで待つことなく、一般の健康人にワクチンを接種する方向の発言もなされており、欧米でも年内に接種を始めるという流れになっている。

日本では、定期接種(ポリオ、はしか等)ですら勧奨というスタンスで、これはヒトパピローマウイルスワクチンのような副反応の問題で、メディアの大々的な報道に対して勧奨控え(「有効性とリスクを理解した上で受けてください」)に変更して対応している。任意接種(インフルエンザ等)に至っては勧奨すらしていないほど、腰が引けている。

多くの感染者において、感染により誘導されてきた抗体が短期間で低下してしまっていたとの報告が相次ぎ、ワクチン接種の有効性も疑問視されていた。インフルエンザでも同様の傾向は認められているが、インフルエンザの場合には流行に季節性があり、大きな問題とならないが、COVID-19では今のところ季節性はなく、年に数回のワクチンが必要となれば問題である。そのため、インフルエンザワクチンほどの有効性も期待できないのではとの意見が並ぶようになっている。しかし、この点について横浜市立大の調査結果が最近発表され、感染から回復した370人以上の血液を調べ、半年が経過してもほとんどの人(98%)は再感染を防ぐ中和抗体を維持していたことが判明した。感染防御能を持った形で1年後も維持しているようであれば、ワクチンの有効性に期待できる。

また、前回の本コラム「新型コロナウイルス・ワクチン②」で紹介したADE(Antibody-dependent enhancement=抗体介在性感染増強)と呼ばれる現象を懸念する声も一段と高くなってきている。実際、たとえ臨床試験で安全性が確認されたとしてもそれは短期的でしかない。従来のワクチン開発では、第3相臨床試験の結果により当局から承認を受け、ワクチン接種が始められて以降も安全性の吟味が、いわゆる市販後調査あるいは第4相臨床試験と呼ばれているもので慎重に行われることが常識だが、今回のCOVID-19ワクチンにおいても、このような試験を終えた安全なワクチンの接種を受けたいという意見が日増しに多くなっている。実際、フィリピンで発生したデングワクチンのADE現象に基づく副反応事例は、市販後に初めて発生したものなのである。

欧米では、ワクチンを受けない権利(ワクチン忌避)という運動があるようであるが、わが国では、来年に延期となった東京オリンピック/パラリンピックを開催にこぎつけるために、何としてもワクチン接種で抑え込みたいという、政府の前のめりな姿勢を感じる。実際、新型コロナの治療薬「レムデシビル」(11月20日WHOから、新型コロナの入院患者の死亡率の改善効果が見られなかったとする臨床試験の結果を受け、患者への投与は勧められないとの指針を公表)が、米国や日本においてショートカットで承認されたという経緯がある。しかし、ワクチンについては、健康体に予防的に接種するものなので、安全性を重視する必要があり、より強く、基本の考え方に立って承認すべきか否かの判断を行うことが求められる。わが国で心配な点は、専門家や政治家であってもメディアに「私はワクチンを打たない」と公表している人がいるほど、ヒトパピローマウイルスワクチンで見られたように、世界でも際立ったワクチンへの信頼度が低い国として位置づけられていることである。

以上、SARS-CoV-2/COVID-19に関する世界の動きについて、4回に分けて連載させていただいた。中国・武漢の感染症であったのも束の間、運悪く中国のゴールデンウィーク「春節」の時期と重なり、人気の旅行先であったわが国へは旅行客によって持ち込まれた。その後は、イタリアを窓口にヨーロッパ各国、さらにアメリカ大陸へと、すさまじい勢いで広がってしまった。どこの国も何回目かの感染者数のピークを迎えているうちに、もう1年が経過しようとしている。今までとは全く異なった時間が経過する中で、世界中の政治、経済などあらゆる面が激変してしまった感がある。ただ、コロナショック下で売り上げを大幅に下げている企業が多い中で、逆に上げている企業があったり、コロナ以外の感染症のほとんど(インフルエンザですら)が影を潜めてしまったりと、これまでの考え方が通用しない社会になっているのを感じている。

今回、大きなテーマとして扱ったワクチンの開発を通してみる限り、欧米だけではなく、台頭してきている中国にも後れを取っているわが国の状況が見え、これからは個々の組織の強みを生かしながらもオールジャパンで一丸となって取り組む必要性をひしひしと感じている。

 

 

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