新型コロナウイルス・ワクチン②

 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)ワクチン開発における追い風情報と懸念事項

大阪大学名誉教授 生田和良

通常5〜15年かかるとされているワクチン開発だが、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のワクチン開発では、大幅な短縮が可能だと考えられている。現に治療薬では、SARS-CoV-2感染症(COVID-19)に対する治療薬「レムデシベル」が米国FDAに特例承認を適用され、日本においてもスピード承認された。ワクチンもその必要性を考慮すると、当初スピード承認される可能性が高いと思われた。しかし、近頃承認に対して慎重さを求める声が日増しに大きくなっている。ワクチンは健常者に対して感染の予防を目的に接種するものであり、安全性と有効性に関して、重症者への治療薬開発などの場合とは考え方が根本的に異なり、医薬品以上に承認に慎重さを求めるのは当然である。

前回のコラム(新型コロナウイルス・ワクチン①)で、世界的に展開されているCOVID-19に対する予防ワクチン開発の現状について解説した。今回のコラムでは、これまでの、ワクチン開発で追い風となる情報と懸念される点とについてまとめたい(図1)。

まずワクチン開発に追い風となる情報は、すでに発見されていた風邪の原因である4つのコロナウイルスに対して、多くの人が免疫を持っていると考えられることである。実際、今回のCOVID-19が発生する以前のイムノグロブリン製剤に、ある程度の免疫学的交差性があるかもしれないと報告されている。また、このウイルスに感染し、軽症に経過した人では、典型的かつ強力な抗ウイルス免疫応答が誘導されており、ほとんどの人が抗体ばかりではなく、感染細胞の排除に有効な細胞障害性T細胞も誘導されていたと報じられている。

次に、ワクチン開発に懸念される事項は、ADE(Antibody-dependent enhancement=抗体介在性感染増強)と呼ばれる現象である。すなわち、感染防御が期待される抗体誘導であるが、ウイルスに結合した抗体(ADE抗体)が、宿主細胞のレセプターへの結合を阻止するどころか、逆に結合を手助けする「仲人役」を演じてしまうという、多くは培養細胞レベルで見出されている現象であるが、これが仮説としてワクチン開発の大きな障害となっている。実際、デングウイルスでは長年の議論の的であったこのADE仮説によりワクチン開発が10年以上も遅れたといわれていた。フランスのサノフィー社は長年の研究成果に基づいてワクチンを開発し、大規模な治験も問題なく通過したデング熱ワクチンの実用化を進めていたが、フィリピンでワクチン接種によるADEと考えられる症例が発生してしまった。小児科領域で期待されるRSウイルスワクチンでも、やはりADEで失敗した経緯がある。ADE現象は、ほとんどが培養細胞レベルの現象であるが、エボラウイルス、インフルエンザウイルス、HIVなどでも確認されている。

さらに、コロナウイルスのADEに関して、動物のコロナウイルスのワクチン開発にまつわる情報がある。ブタ、ウシ、イヌなどのコロナウイルスではワクチンにより下痢症等の予防が可能になっているが、ネコやウマではワクチンの開発が困難であった。その理由として、ネココロナウイルスでは無症状で経過することが多く、時に遺伝子変異を起こし高病原性ウイルスへと変異することがあり、またADEを引き起こし、逆に増悪効果が表に出てしまうこともある。もしヒトのSARS-CoV-2がネコ型であれば、現在開発が進められているすべてのワクチンに大きな期待をかけすぎるのも危険なことにならないかと心配になる。すなわち、図2に示すように、これまでの新型コロナウイルスで作製したワクチンで誘導される中和抗体が、第2波、第3波の流行時に、ウイルスを中和するどころか、逆にADEを起こす可能性が存在するのである。SARS-CoV-2に対する抗体の中に、ADEを引き起こす可能性があることになれば、ワクチン開発ばかりか、治療薬のひとつとして開発が進められている、単クローン抗体を用いる抗体医療についても、同様にその治療効果が懸念される。

上述の懸念点を考えると、承認申請前にワクチンや抗体医薬として有効性がどの程度であるのかについて慎重に検討する必要がある。たとえば、モデル動物へ候補ワクチンを接種し、その後1〜2ヶ月目に採血し、その血清中抗体についてSARS-CoV-2に対する中和能とADE活性を培養細胞レベルで測定することが重要である。さらに、治験第1相に進んでいる場合、健康な健常者が候補ワクチンを接種された後に応答する抗体について、その中和力価が十分であるか、また同時にADEを引き起こす可能性を考慮するレベルであるか、などについての検討が重要である。

ほとんどのワクチンが開発を始めた時期は2020年の2月〜3月なので、中国・武漢市の患者に由来する分離ウイルス株のゲノム情報に基づいてデザインしたワクチンが多くを占めると考えられる。わが国においてもSARS-CoV-2の感染拡大は武漢市からの輸入感染症と位置付けられるので、その遺伝情報に大きな違いはないと考えられる。しかし、候補ワクチンが実際に使われる時期は早くとも約1年後の2021年と考えられる。その時点で、ウイルスがどの程度変異しているのかがポイントになる。特に、スパイク(S)たんぱく質における変異が起こりその高次構造に変化が起こっていた場合、開発を始めた当時のウイルス情報を基に開発したワクチンは、変異したウイルスとの結合が低下することとなり、ADEを起こすかもしれない。この問題を回避するためには、できるだけ、社会に広がっている野外株を広く採取し、それぞれのウイルス株に対する中和とADE活性を検討することが重要と考える。

大きな期待がかかるワクチン開発であるが、早いものでは2020年中に供給が可能とする核酸ワクチンから 「急がば回れ」(実際には中国では治験まで進めているが)で、成果が手堅く期待できると考えられる不活化ワクチンまで、今後の進展が気になるところである。

 

図1. SARS-CoV-2に対するワクチンを開発する上で追い風となる情報と懸念事項についてまとめた.

 

図2. SARS-CoV-2のスパイク(S)たんぱく質に変異が起こった場合に想定されるADE誘発機序. ワクチン接種で誘導され抗体は、ワクチン開発当時のウイルスに対しては中和活性を示すが、この抗体はSたんぱく質に変異がある進化型ウイルスに対してはADE活性を示すADE抗体として振舞う可能性がある.

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