新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)ワクチン

                           mRNAワクチンとDNAワクチン

 大阪大学名誉教授 生田和良

わが国の新型コロナウイルス感染の第4波も、6月12日の時点では収まりつつあり、緊急事態宣言下にある大都市もそろそろ解除に向かうのかと期待がかかっている状況にある。同時に、医療従事者および65歳以上の高齢者に対するワクチン接種も、当初の予定通り7月中には完了できるのではないかとの意見が優勢になっている。

ヒト用に開発されてきたこれまでのワクチンは、大きく分けると以下の3つになる。

  • 不活化ワクチン・・・4種混合、インフルエンザなど
  • 生ワクチン・・・・・麻しん・風しん、ロタなど
  • 核酸ワクチン・・・・新型コロナで初

今回は核酸ワクチンについて分かりやすく解説したい。核酸ワクチンには、mRNAワクチンとDNAワクチンがある。特に、mRNAワクチンは、従来の開発手順の常識に捉われずに、開発上に必須の各ステップをオバーラップさせながら、1年を待たずに接種する段階まで進められた。核酸ワクチンは、数々の感染症やがんなどに対するワクチンや遺伝子治療法の開発で、これまでに蓄積されてきた科学的な知見を結集させて開発されている次世代型のワクチンといえる。

人間をはじめ、動物、植物、細菌、寄生虫、カビなどあらゆる生き物は子孫繁栄のため、自身の遺伝情報をDNA(デオキシリボ核酸)に暗号化した形で収めている。一方、ウイルスは自分では子孫を作ることができないので、例えば人間など、ウイルスを増やしてくれる生き物(宿主と呼ぶ)の存在が必須である。ウイルスのもう1つの特徴は、自身の遺伝情報を収めているのがDNA(DNAウイルス)だけではなく、RNA(リボ核酸;RNAウイルス)の場合が多い。新型コロナウイルスをはじめとし、近年よく耳にする新興ウイルス感染症、たとえばエボラ出血熱、クリミア・コンゴ出血熱、鳥インフルエンザ、ウェストナイル熱、エイズ、重症熱性血小板減少症候群、ニパウイルス感染症などの原因ウイルスはいずれもこのRNAウイルスである。ポックスウイルスやEBウイルス(ヘルペスウイルスの1種)などのDNAウイルスは、自身の全遺伝情報(ゲノム)を複製する時に起こる読み間違いを修正する仕組みを持ち合わせている。したがって、遺伝情報を子ウイルスに正確にうつすことができる。一方のRNAウイルスのほとんどは、この読み間違いを修正する仕組みを持っていないので、インフルエンザウイルスやHIV(エイズの原因ウイルス)などは、異常な頻度で変異を起こす。しかし、コロナウイルスの変異はそれほどの頻度ではない。なぜなら、コロナウイルスは遺伝情報が多く、RNAのサイズも大きく(図1)、RNAウイルスの中では例外的にこの修正の仕組みを持っているからである。

さて、新型コロナウイルスの核酸ワクチンは、S(スパイク)たんぱく質を発現し、このSたんぱく質に対する免疫を誘導することが目的である。特に、mRNAワクチンは、Sたんぱく質合成が可能なmRNAが安定的に供給されるように、①キャップ構造をつける、②免疫誘導を抑えるためのRNAへの構造変化、③RNAは不安定ですぐに壊れるので、合成後すぐに脂質で包むナノ粒子化、などの技術開発が行われたものである。mRNAワクチンの安定化には、超低温フリーザーでの保存や輸送が必要であるが、メーカーによりその条件が異なることから、今後も改良の余地が残されているのかもしれない。一方のDNAワクチンは、わが国でもエイズワクチンや遺伝子治療のために開発が進められていた技術を応用したものである。大腸菌での大量生産が可能なプラスミドと呼ばれる環状の二本鎖構造をとり、ヒトの細胞内での発現を可能とするプロモーターと呼ばれる特殊な構造のDNA部分を繋げたものになっている。通常は裸のプラスミド構造のまま投与される(図2)。

mRNAワクチンをヒトの筋肉内に接種すると、細胞(おそらく筋肉細胞)内に入ったmRNAは、細胞質で速やかにたんぱく質を合成し、その宿主細胞の表面にSたんぱく質を発現すると考えられる。その後、mRNAは速やかに壊されていく(図2)。一方の、DNAワクチンの場合には、接種され細胞内に入ったDNAは、まず核内に移行し、そこでmRNAに姿を変える必要がある。その後、mRNAは核外輸送され、たんぱく質を合成することになる(図2)。このように、mRNAワクチンの方が生産性の点で技術が必要で高額なワクチンになるが、たんぱく質発現の効率が良い。一方のDNAワクチンは、たんぱく質合成にたどり着くまでに時間がかかり、効率が悪いと考えられる。プラスミドDNAはmRNAを合成した後も核内に一定期間とどまっている可能性がある。この点から懸念されることは、核内にとどまっているプラスミドDNAが、宿主(ワクチン接種者)のゲノム内に組み込まれることによりがん化へと進む可能性が考えられる点である。遺伝子治療で長年培ってきた経験から、そのような懸念は不要との意見も出されてはいる。ただ、DNAワクチンはまだ治験中で、これからも開発にしばらく時間がかかりそうである。

核酸ワクチンは、接種したそれぞれの人の細胞内で発現されたSたんぱく質が細胞表面に発現することから、液性免疫(中和抗体)だけではなく、生ワクチンのように、細胞性免疫(キラーT細胞)も効率よく誘導する。そのためインフルエンザワクチンなど、液性免疫を中心とした免疫が期待できる不活化ワクチンよりも、格段に高い有効性の成果(重症化予防、感染予防、伝播予防の抑制効果など)が臨床治験で得られている。

これら核酸ワクチンの大きなメリットは、新型ウイルスや既存ウイルスの変異株の出現時に、それらに対して速やかに対応することが可能な点である。変異株の遺伝子配列が明らかになると、速やかにその配列にしたがったワクチン開発が進められる。おそらく、ごく一部の遺伝子配列のみを新しくする場合のワクチン開発は、すでに承認されている系を用いることになるので、新たな承認手続きが免除される部分が多いと考えられる。現在、新型コロナウイルスの変異株でメディアが連日大騒ぎ状態であるが、すでにmRNAワクチンのメーカーでは、そのような変異株に対する対応を進めているとのことである。

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