新型コロナウイルス・ワクチン①

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に対するワクチン開発の進捗状況

   大阪大学名誉教授 生田和良

新型肺炎(COVID-19)の原因となっている新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、発生からわずか5ヶ月で世界中へ広がった。それぞれの国で感染者数と死亡者数に特徴的な様相を繰り広げ、ようやく多くの国において感染者数が下降傾向を示し始めたかと思えば、その後の報道では南米の国々で爆発的ともいえる急激な勾配で感染者が増加しているとのことである。米国ジョンズ・ホプキンス大学の集計によると、日本時間6月29日午後6時の時点で、世界の感染者数が1015万4984人、50万2048人の死亡者数となった。日本の累計感染者数(6月28日24:00時点厚労省とりまとめ)は18,476人、死亡者数は972人である。世界的には多くの国で収束に向かいつつあり、日本では5月半ば以降から収束程度が顕著で、現在は次なる第2波に備えて、検査や病院の体制整備を行う時期との位置付けになっている。同時に、ワクチン開発の気運は世界的な流れになっており、早期実用化が強く期待されている。

今回は、前回に続いて新型コロナウイルスの話題として、各国で凌ぎを削っているワクチン開発の話題を中心に、治療薬開発につながる抗体医療についても触れたい。ワクチン開発の道のりは遠く、どのようなデザインのワクチンを開発するのかに関する研究は基礎研究段階である。その後はモデル動物を用いた安全性と有効性の評価を行う非臨床試験、その後ようやく人を対象にした第1相治験(数十人の健康ボランティアへの接種による安全性評価)、第2相治験(ワクチン接種群とプラセボ接種群との比較による、小規模の有効性評価を、感染地域の数百人で実施)、その後に第3相治験(大規模な有効性評価を、感染地域の数千人で実施)が行われる。特に、これから感染者が減少し、例えば3,000名に10名しか感染しない状況になってしまうと、10,000人規模に治験をするか(これでも、100名のプラセボ接種群に対して、ワクチン接種群は何名まで落ちるのかで有効性評価となる)、もしくは3,000人規模の治験を長期間実施し、感染者数が増えるのを待つかということになる。いずれにしても、1症例あたりの治験費用は100万円を超えるともいわれ、メガファーマ参加でしか実用化までのロードマップを描けないのが実情である。世界ではおそらく100以上の大学や企業等がワクチン開発に乗り出している。日本でも10以上の大学や企業等が何らかの形で連携しながら開発を進めている。

ワクチンには、標的のウイルスを弱毒化したもの(生ワクチン)、培養細胞で増やし精製したウイルス粒子を薬品で死滅させたもの(不活化ワクチン)、構成するたんぱく質、もしくはたんぱく質の最も重要な断片(成分ワクチンもしくはたんぱく質型ワクチン;この中にはウイルス粒子の表面たんぱく質から構成され、遺伝子を含まない空粒子も含まれる)をワクチンとして用いるものがある。SARS-CoV-2では、宿主細胞のレセプター分子であるACE2に結合するウイルス表面のスパイク(S)たんぱく質が最も重要なワクチン開発の標的である。ワクチンとしてこれらを接種する目的は、ワクチンに対して免疫応答(抗体、細胞障害性T細胞)を誘導し、感染の防御に働くような機能性抗体や機能性T細胞を産生させることである。機能性抗体は中和抗体と呼ばれるもので、ウイルス粒子が宿主細胞のレセプターへの結合を阻害することができる。

現在開発中の新型コロナウイルスのワクチンは、Sたんぱく質を発現するmRNA型、DNA型、ウイルスベクター型、Sたんぱく質の成分型、そして全粒子の不活化型に分けられる(図1)。核酸型ワクチン(図1-1~3)はSARSの発生時にかなり進んでいた技術で、先進国で技術の蓄積があったものであるが、ヒトのウイルス感染症でこれまでに実用化されたものはない。最近、mRNAを脂肪膜で包む核酸型ワクチンで中和抗体の産生が確認され、治験の最終段階である第3相に進めるまでに進展している。たんぱく質型ワクチンとしての空粒子ワクチン(図1-4)は、酵母細胞で生産するヒトパピローマウイルスワクチン(通称、子宮頸がんワクチン)で実績がある。図1-5は古典的な手法による不活化ワクチンであり、インフルエンザワクチン、日本脳炎ワクチン、不活化ポリオワクチンや不活化帯状疱疹ワクチン(これらは生ワクチンもあるが)などで、安全性と有効性が確認され、実用化されている。薬剤やワクチンなどでウイルス複製時に圧力をかけると、圧力がかかっているウイルス遺伝子領域に変異を起こしたウイルスが出現し、たちまちこのタイプがエスケープ型として優勢型ウイルスになることが多い。この高変異性は、ウイルス側に勝利をもたらす結果となる武器になっている。遺伝子領域の一部をターゲットとした核酸型ワクチン、Sたんぱく質にフォーカスしたウイルスベクター型や成分ワクチン型ワクチンは、こうしたウイルスのエスケープによりその効果を発揮できなくなるという問題を起こす可能性が高い。コロナウイルスは、30キロベースもの大きなゲノムを持つRNAウイルスであり、RNA複製の際に生じるエラーを修復する酵素を自らの遺伝子に持っているが、それでもかなりの効率で変異を起こすと考えられている(もちろん、複製時エラーの産物のほとんどは死滅するのだが)。

一方の不活化ワクチンは、ワクチンとしてウイルスに対して多点(免疫学的に重要なウイルス側の部分)で攻めることが可能と考えられ、一極集中ではなく、手堅く、やんわりと効果が発揮されるように考えられる。今回のSARS-CoV-2では、中国のグループで、すでにアカゲザルにおいて感染防御可能な不活化ワクチン開発に成功したと報じられ、これから治験に入る状況にある。

最後の図1-6は、ワクチンの接種により誘導されることが期待される中和抗体を、先取りする形で中和抗体活性を持った単クローン抗体を作製し、この中和抗体を予防ではなく治療目的に用いる抗体医薬の開発である。麻疹等で昔から効果が知られていた血清療法の流れであるが、RSウイルスでは実用化しており、近年ではエボラウイルスやジカウイルスでも試みられた方法である。すでに候補の単クローン抗体の作製に成功し、実用化に向けての治験実施が計画されている。同時に、新型コロナウイルス感染者の回復期の血しょうからの抗体成分(イムノグロブリン)を分画調製し、これを急性期患者に点滴治療目的として用いる製品も、すでにいくつかの国で治験が進められている。

以上、幅広く、いろんな角度からのアプローチでワクチン開発が進められており、早期の承認が世界的に大きく期待されている。第2波、第3波がやってくるという懸念が日増しに高まっており、その波が来る前にワクチンが実用化されるのか、開発グループから発信される情報に、注目が集まる日々である。

追記:6月26日夕方の速報で、英国オックスフォード大―アストラゼネカ社が、日本へのワクチン(図1-2のアデノベクター法と思われる)の供給に向けて日本政府と協議を進めることで合意したと発表した。

図1. 世界的に展開されているSARS-CoV-2に対する予防ワクチン開発の現状.

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